【シリーズ連載】第五回「ロイヤルオーク」日本経済が停滞していた20年間で市場価格はどれくらい高くなった?
資産価値があるとまで称されるほど、高いリセールバリューを誇るブランド品をご紹介する連載企画。
第五回の今回は「AUDEMARS PIGUET(オーデマ・ピゲ)」の代表モデル「ロイヤルオーク」の話をする。
近年“ラグジュアリースポーツ”というジャンルの腕時計がブームとなっているが、その先駆けとなったのがロイヤルオークだ。
その反面、歴史は古く、発売からおよそ50年以上経った今でもデザインはほぼ当時のままだ。
ブランド好きであれば、男女問わず是非押さえていただきたいアイテムの一つである。
ロイヤルオークの生誕と生みの親
ロイヤルオークは現存する高級時計の中でも、極めて歴史が古いアイテムである。
オーデマ・ピゲは1875年にムーブメント製作会社として設立され、のち1882年から「オーデマ・ピゲ」として自社ブランドの腕時計の開発を始める。
当時「懐中時計」が主流の時代にあり、「パーペチュアルカレンダー」「クォーターリピーター」「クロノグラフ」といった複雑な機構を組み込んだオーデマ・ピゲの懐中時計は、たちまち評判となった。
時代は腕時計に移り変わっても、卓越した技術を活かしたモノづくりが今日へと続いている。
なお現在では、
-Patek Philippe-パテック・フィリップ
-VACHERON CONSTANTIN-ヴァシュロン・コンスタンタン
と並び、世界三大時計ブランドと称されている。
ここまでの人気を獲得した背景に、ロイヤルオークの存在は欠かせない。
1972年に“ラグジュアリースポーツ”という、画期的なコンセプトのもと開発されたロイヤルオークは、オーデマ・ピゲの名を全世界に轟かせる大ヒットとなる。
ステンレススチール製の高級時計
当時、高級時計はK18素材が主流であった。やや廉価なモデルとして、K18素材にステンレスを組み合わせたコンビ素材もあったが、高級時計なのにオールステンレスという概念はなかった。
そこでロイヤルオークは、オールステンレスでありながら、素材を極限まで研磨し、美しく磨き上げた今までにない質感のケースを作り上げた。
スポーツの場面において、より軽く堅牢なステンレスの方が素材として適切だったからである。
文字盤に施されている「グランドタペストリー」といわれる細かな彫り模様は、高級時計をたくさん手掛けてきた技術が用いられている。
印象的なベゼルのビスは、デザイン性もさることながら、防水性を高める役割も果たし、ケース一体型のブレスレットは、従来のステンレス製の腕時計には足りなかったラグジュアリーなエッセンスを加えている。
また、当時はケースサイズが30mm前後と、現代と比較し小型なモデルが主流であったが、ロイヤルオークは当時から39mmという大型のケースを採用していて、時代を先駆けていた。
こうして、フルステンレス素材の腕時計でありながら、当時のラグジュアリーウォッチに採用されていた手法が組み合わされて、新時代の高級時計として開発されたのが、ロイヤルオークなのである。
今では一般的なステンレス製の高級腕時計だが、ロイヤルオークの開発は歴史に大きな影響を与えた。
ジェラルドジェンタが手がけた腕時計
ロイヤルオークの開発にあたり、デザインを一任されたのが「チャールズ・ジェラルド・ジェンタ(Charles Gérald Genta)」である。
デザインの発注を受け、一夜にして完成させたとの逸話も残っている。
真偽のほどは今になっては定かではないが、彼がのちに発揮した創造性の放流を思えば、あながち嘘とも思えないのである。
以下のモデルは、のちにジェラルド・ジェンタが手がけた腕時計の一部である。
- IWC インジュニア
- OMEGA コンステレーションC
- Patek Philippe ノーチラス
- BVLGARI ブルガリブルガリ
- SEIKO クレドールファースト
いずれも素晴らしいモデルだが、特に“パテックフィリップのノーチラス”は、ロイヤルオークにも引けを取らない腕時計界のマスターピース。
「ジェラルド・ジェンタ」自身の名を冠したブランドも、腕時計ファンであればご存知かもしれないが、腕時計の歴史に名を残すデザイナーが、最初に手がけたモデルこそロイヤルオークなのである。
ロイヤルオークの名前の由来
名前の由来は“諸説”あるが、代表的なものはイギリスの戦艦「ロイヤルオーク号」に由来するというものだ。
独特のケースデザインは、ロイヤルオーク号に舷窓がモチーフとなったとオーデマピゲは発表している。(この由来はジェラルド・ジェンタ自身が否定しているため“諸説”とした)
いずれにせよ、オーデマピゲの代表作に相応しい荘厳かつ優雅な名称である。
ここ20年間の価格推移
※古い文献などを調査した上で掲載しているが、細かな数値に関しては正確なソースがないというのが正直なところだ。参考程度に留めておいていただけると幸いである。
この価格は、もっともオーソドックスな「三針ステンレス製メンズモデル」を基準としている。
2005年から現在までの定価と、現行品の実勢相場を表している。
約20年間で定価は「3倍」、実勢価格は「7倍」にも高騰している。
また、2020年以降は、実勢価格の高騰を受け、価格改定を頻発している。定価は2023年10月現在の値ではあるが、さらに上昇することも大いに考えられる。
およそ20年間でモデルチェンジは三回
ロイヤルオークの三針でステンレスの定番モデルは、およそ20年のうちにモデルチェンジが三回されている。
- 15300ST 2005-2012
- 15400ST 2012-2019
- 15500ST 2019-
「15300ST」はケース径が39mm、以降は41mmとなっている。
その他のデザインに関しての変更点は、
「15300ST→15400ST」にあたっては
- ロゴが中央に寄った
- 12時のインデックスバーがダブルになった など
「15400ST→15500ST」にあたっては
- カレンダーが少し外側に配置された
- AUTOMATICの文字をなくしよりシンプルに
いずれも余程のマニアでない限り、わからないくらいの機微な変化ではある。
そのほかにも、内部機構の精度、パワーリザーブが伸びるといった変更が加えられるが、サイズ以外は、20年間ほぼ変わってないといっても差し支えないほどである。
古いアイテムの価格も上昇
上記したように、ロイヤルオークは長年ほぼデザインが変わってない。
1972年に初登場した頃と比較しても、ここまでデザインが変わっていない腕時計は珍しい。
古いモデルも、現行品ほどではないものの、中古市場での需要が高いという特徴がある。
この辺りは本連載コラムで取り上げたブランド品に共通していることではあるが、特に腕時計に関しては、新しいモデルが登場しても、機能的価値の上昇はもはや見込めない。(薄さなどの進化の余地はあるが、高級時計においては、そこまで求められていない要素であることも踏まえて)
そのため、デザインが古くならない限りは、昔のアイテムでも資産価値が下がらない傾向にある。
ロイヤルオークの場合、ここ三年間くらいの相場高騰が著しく、すべてのロイヤルオークの価格が最低でも1.5倍〜2倍くらい高騰している。
定価も短期間で大幅に上昇したが、ロイヤルオークに関しては“定価が上がって相場が高騰したのではなく、相場が高騰したから定価を上げた”という認識が正しいように思う。
極めて入手困難な高級時計の一つ
現実的な話をすると、ロイヤルオークは極めて正規店での購入が難しい。
ロレックスなども数多くのモデルがプレミア化しているが、ロイヤルオークに関しては難易度が段違いと言われている。
そのため、中古市場では当然のようにプレミア価格となっており、現行品はだいたい定価の2倍強。このまま行くと、実勢価格1000万円にも到達しそうな勢いだ。
購入履歴がないと案内されない
ここからは、確実なソースがない話のため、噂話程度に聞いてほしい。
まず、ロイヤルオークは予約制(案内制)で販売されている。近年、ロレックスマラソン(※)という言葉も生まれたが、オーデマ・ピゲに関しては、ロイヤルオークマラソンを完走することはほぼ不可能である。
※ロレックスの店舗を回って在庫を確認すること
購入できるのは「VIP顧客」のみだ。
オーデマ・ピゲで購入実績があるVIP顧客のみ予約ができ、基本的には納期も未定である。
また、新たにVIP顧客として認められるラインは、最低でも1,000万円以上、他のモデルを購入しなければならないという話もある。
少なくとも庶民には縁のない話だ。とにかく正規店で定価購入の敷居は高い。
生産数も極めて少ない
オーデマ・ピゲは生産数も少ない。ロイヤルオークの年間生産本数は5万本程度とされている。
この辺りはCEO自らインタビューで語っている。興味がある方は是非。
近年の人気上昇を受け、かなり生産本数を増やしてきているという話だが、それでも需要に対しては、まだまだ少ない。
ちなみに買えないと言われているロレックスの年間生産本数は100万本とされている。
新たなモデルも続々登場
ロイヤルオークの大ヒットを受け、派生したモデルも展開されている。
伝統を引き継ぎつつも、挑戦的な試みを見せるモデルに関して、少しだけご紹介する。
より耐久力を高めたロイヤルオーク“オフショア”
ロイヤルオーク オフショアは1993年に発表された。ロイヤルオークの耐久性を向上させ、よりスポーティなシーンで着用することをコンセプトに開発されたモデルである。
クロノグラフが標準搭載されており、当時から100mmの防水機能が実装されていた。通常のロイヤルオークはすべてステンレス製の部品で組み上げられているのに対し、オフショアはリューズ部分にシリコンキャップなどが採用されている。
発売当時42mmというロイヤルオークよりさらに大きなケース径となっており、ベルトにはラバーベルトなどが採用された。当時の高級時計の概念を覆すようなモデルとなった。
新時代のアイコンにロイヤルオーク“コンセプト”
ロイヤルオーク コンセプトは2002年に登場し、最新のメカニクスを詰め込んだ現代的で独創性のあるデザインが特徴のモデルだ。
ケースとムーブメントを一体化させたデザインが取り入れられ、「ミニッツリピーター スーパーソヌリ」「フライング トゥールビヨン」といった複雑機構が採用されているモデルがほとんどで、定価1,000万円を超える高価格帯のアイテムしかない。
従来のK18素材だけでなく、チタン素材を用いるなど新たな取り組みも多く、ロイヤルオークの伝統を受け継ぎつつ、現代へと昇華させた究極のロイヤルオークである。
ロイヤルオークの現状と展望
ロイヤルオークは現在非常に需要が高く、何かと話題となる腕時計だ。
その状況や今後の展望などについても少し話がしたい。
ラグジュアリーウォッチの元祖であり最先端
ロイヤルオークは「ラグジュアリースポーツ」という概念を高級時計に浸透させ、昨今極まりつつある“ラグジュアリースポーツブーム”の先駆けである。
それと同時に、毎年新たなモデルやチャレンジを取り入れる最先端をいくモデル。腕時計の歴史における金字塔であり続けている。
発売以来デザインにほぼ手が加えられていないという事実は、50年にわたり受け入れられ続けた結果であり、今後デザインが廃れる可能性も限りなく低いといえるだろう。
昨今はSNSなどによって、さらなる人気や知名度を獲得してはいるが、ロイヤルオークに関しては、伝統を積み重ねた一過性の流行りではないと考えている。
ロイヤルオークを追うものたち
近年よく見られるのが、ロイヤルオークによく似たモデルの登場である。
あまり大きな声では言えないが、明らかにインスパイヤされたと思われるアイテムも、他ブランドから続々と発売されている。
ショパール「アルパインイーグル」、ジラールペルゴ「ロレアート」、この辺りは個人的にそれを色濃く感じるモデルだ。(あくまでも個人的な意見である)
もっとも、高級ブランド以外の、安い価格帯の腕時計においても、ロイヤルオークに似たデザインは多い。
シェアを奪い合うという見方もできるが、実際には、よりロイヤルオークのオリジナリティが際立っているようにも思うのだ。
-今からAppleのiPhoneを超えるスマホを生み出すことができるだろうか-
これはおそらく無理だ。
デザインや品質の話だけではなく、人々にイメージが定着しすぎていることが大きい。ロイヤルオークも同じく、もはや高級時計の象徴となっているのである。
資産としてみるロイヤルオーク
ロイヤルオークはすでに高くなりすぎている。
そう感じる人が少なくないほど、近年の価格高騰は異常だ。腕時計業界全体で見ても、ここまで高騰しているモデルは少ない。
ロレックスの“デイトナ”は元々人気ではあるし、比較できるとするならば、パテックフィリップの「ノーチラス」くらいである。奇しくもどちらも同じデザイナーが手がけたアイテムだ。
大抵の場合、急激に相場が高騰したモデルは、その後は落ち着く傾向にあるが、ロイヤルオークはそうならない可能性も高い。
ましてや、定価がこれだけ上昇したにも関わらず、実勢価格とは大きな開きがあり続けている。供給が全く追いついていない証拠だ。
オーデマ・ピゲは生産体制の拡大を明言しているが、急激な在庫増による相場の暴落を懸念していることは間違いない。イメージが重要な商売だからこそだ。
直近での定価の上昇を見ると、おそらく定価もまだまだ上がっていくことが考えられるし、急激に価値が下がることも想像し難い。
この先も、多くの似たモデルが登場する気はするが、本家の価値を脅かすことは難しい。
それほど、ロイヤルオークは高級時計界のアイコンとして確立されてきている。
(文=小林 嶺)
この記事を監修した人
代表取締役
小林嶺