【シリーズ連載】第四回「ケリー」日本経済が停滞していた20年間で市場価格はどれくらい高くなった?
高級ブランド品には“資産価値がある”アイテムがある。というテーマのもと、そうした普遍的な人気を持つブランド品をご紹介する連載企画。
第四回を迎える今回は、「HERMES(エルメス)」の「ケリー(Kelly)」を取り上げる。
記念すべき第一回では、同ブランド「バーキン」を取り上げたが、ケリーは同じくらい人気のある唯一のバッグである。よく比較される両者であるが、実はケリーの方が圧倒的に歴史が深い。
そして、同じように近年はさらに相場が高騰し、より資産性を高めたアイテムでもある。
今回もFirstClass-ファーストクラス-の目線から、ケリーの資産価値や価格推移について深掘りしていく。
エルメス屈指の入手困難モデル
ケリーは入手困難なモデルで知られている。
初見ではまず案内されることはない。ブティックで“ケリーありますか?”と聞いてもまず購入はできない。
エルメスで購入実績を重ね、ようやく案内されるといった代物だ。また現在は購入制限(年に2点まで)の対象でもある。
そのため、中古市場においては、モデルによって高いプレミア価格で流通している。
そのあたりは「バーキン」をご紹介した際の記事も参照していただければ、より深く知ることができるかと思う。
一般的には、やや知名度こそ劣る印象だが、ケリーもバーキンに唯一比肩する“エルメスのフラッグシップ”であることは間違いない。
元となったサック・ア・クロア
ケリーは1935年頃に生産された、女性向けハンドバッグ「サック・ア・クロア」というモデルが元となっている。
元といっても、若干のフォルムこそ現行のケリーとは異なっているが、デザインはかなり似ており、台形型でフラップにクロア(ベルト)がついていて、カデナ(南京錠)で錠をするデザインは、この時代から生み出されている。
90年くらい経過しているが、今ではエルメス以外の様々なブランド、メーカーから似た形のバッグが生産されている。
結果論にすぎないが、90年後も愛され続けるデザインを生み出す。という難題をこなせるブランドは世界にどれだけあるだろうか。
エルメスは今やラグジュアリーブランドの頂点だが、裏付けられた商品開発力と実績があることを忘れてはならない。
現存するハイブランドの台形型ハンドバッグとしては、ケリーが最古のモデルである。
余談だが、二番目に古いのが、1958年から生産されている「DELVAUX(デルヴォー)」のブリヨン。おそらくだが。
記事をご覧の方には、申し訳ないが、当時の「サック・ア・クロア」の写真を入手することはできなかった。
貴重な写真と共に紹介していた下記記事をご紹介する。
参考リンク ケリーバッグの原型であるサックアクロア|SBBT
ケリーと改名されたのが1956年
発売からしばらく経過した1956年に、モナコのグレース・ケリー王妃がパパラッチされた際に、「サック・ア・クロア」を所持していたことが話題を呼び、思わぬ注目を集めることになる。
ネットメディアがない時代においても、このスクープ写真の拡散力は絶大だった。
バッグに関する問い合わせも殺到し、同年話題に便乗する形で、エルメスがモナコ公国の許可のもと、サック・ア・クロアを「ケリーバッグ」と改称したことが、ケリーという名称の起源となっている。
バーキンは1984年から生産されているが、その30年近く前からケリーという名で親しまれ、さらに20年以上前からバッグ自体は存在していた。
その後は多少は仕様が改良されたことはあっても、大まかなデザインは当時のものが継承されている。
デザインが変わっていないことは、優れた資産価値を持つブランド品に共通する特徴だ。
ケリーの定価と市場価格の推移
本題の金額に話に移ろう。
上記グラフは、ケリーの定価と市場価格の推移である。直近の20年間における、定番サイズである「ケリー28」の金額を基準としている。
定価、市場価格ともに、大きく高騰しているのがわかると思う。
20年前との比較では、定価がおよそ3倍ほどに、市場価格は7.5倍ほどに高騰している。
以前に取り上げた「バーキン」のグラフと似た傾向で、2018年以降で市場価格の高騰がかなり激しく、それまでは定価に比例しながら徐々に高騰していたが、現在は市場価格が定価を大きく上回る状況となっている。
この状況を分析するに、エルメスでの生産数が減っているという話はあまり出てこない。
購入のハードルは確かに高くなっと感じている声も届いているが、エルメスの売上推移は伸びていることからも、決してケリーの生産数を絞っているということはあまりないのではと考えている。
二次流通での需要が増えているため、高騰していると考えて良いだろう。
グラフ上では、あくまで「中古美品」を基準とした市場価格を掲載しているが、今後定価購入した品であれば、10年が経過し多少使用感がある状態においても、定価を下回らない可能性も高い。
現に20年前に購入したケリーでも、状態が良い品物は現在の定価以上で流通している。
流行り廃りのあるファッション業界において、ここまで価値が落ちないバッグは、バーキンを除けば他にない。
エルメスでも大切に扱われているメインモデル
ケリーは、バーキンと並び、エルメスでも特別な立ち位置にあるモデルだ。
バーキンと違うのは、ケリーを元にした派生モデルが多いという点。
バーキンは基本的にバッグのみ、かつ一つでのデザインでしか展開されていないが(※ネックレスはある)、ケリーに関してはさまざまなジャンルのアイテムが展開されている。
代表的な例は「ケリーウォレット」「ケリーベルト」「ケリーブレス(ドゥブルトゥール)」など、いずれもエルメスの定番アイテムとして、各ジャンルで人気を博している。
もはやエルメスのアイコンとして“ケリー”という名称は親しまれている。
プレミア化しているケリーも多数
バッグだけで見ても、ケリーは多様なアイテムがある。
通常のハンドバッグタイプ以外、下記のような様々なフォルムでケリーと名のつくバッグは展開されている。
- ケリーダンス
- ケリーアド
- ケリーエラン
- ポシェットケリー
- ミニケリー
通常のケリーよりも生産数も少なく、いずれも定価での入手は難しい。
特にポシェットケリーなど小型バッグは、定価が100万円前後にも関わらず、中古流通価格は300万円前後のアイテムも多く、市場価格は極めて高い。
他にも「ケリードール(※2000年に限定発売されたケリーをモチーフとしたマスコット)」など、現在500万円以上の値がつく過去のアイテムもあり、ケリーというブランドの価値が高いことを象徴している。
ケリーを冠するレアアイテムも、今買おうとすると全て高額にはなっているが、20年前の時点では定価を下回っていたような品がほとんどなのである。
ヴィンテージアイテムの人気が高い
ケリーは構造上「フラップ(蓋部分)」を閉じ、使わなければならない。
(稀に街中で蓋を閉じずに持っている女性がいるが、油断したら中身が全てひっくり返るのではないかとヒヤヒヤする・・・)
バーキンはフラップを閉じても、オープンにしたままでも使える。むしろオープンにしたままで、良い意味で適当に物を放れることもバーキンの特徴だ。
その観点だと、はっきりいってケリーは使い勝手の良いバッグとは決して言えない。しかし、そうした部分も含め、ケリーにはクラシカルな魅力もある。
事実、ヴィンテージ品の人気を比較すると、バーキンよりもケリーの方が需要が高いようにも思う。
古いケリーで多く用いられたボックスカーフ素材のアイテムなどは、いまだに需要も高く、30年近く経ったアイテムでも、状態の良い品物には100万円以上で流通しているケースがほとんどだ。
当時の定価を考えると、まさに資産価値がある逸品だといえる。
完全に主観ではあるが、ケリーはバーキンよりもヴィンテージアイテムがファッション市場に受け入れられている印象がある。
ヴィンテージのミニケリーなど、かなり古いアイテムでも、いまだに高いプレミア価格で流通していることも、こういった印象が関係しているのではないかと考えている。
今後の予測と考察
今後の予測についてだが、エルメスの人気を揺るがすような事態がない限り、ケリー自体の人気は続くと考えている。
少なくとも発売以来、ここまでロングセラーとなったバッグはブランド業界見渡しても他にない。唯一無二だ。
ある意味、ショルダーストラップがついた2WAYバッグの元祖のような存在で、今後ケリーよりもステータス性の高い普遍的なデザインを創出することは難しいだろう。
実際に100年近く生み出されていないのだから。
ただし、2000年前後に金具部分が改良されたように、今後もアップデートされる可能性はある。それによって旧金具、新金具といった違いが生まれ、市場価格に影響する要素となった。
また、1990年代にはケリー32、ケリー35といった大型モデルの展開が多かったが、近年はケリー25、ケリー28の生産数が多く小型化が進んでいる。
ケリー自体がトレンドに合わせ人気を維持するだろうが、個々のアイテムはトレンドによって資産価値が上下する可能性もある。
同ブランドの人気モデル「ボリード」は、通常のボリードとボリード1923といった二つのモデルで現行品は展開されており、どちらかというとボリード1923の生産数が増え、実質移行しつつあるという話だ。
すでにケリーは、同じ名前を冠したフォルムの違うバッグを多数展開してきた事例もあるため、そうした今のケリーではないモデルが一般化する可能性はなくもない。
資産としてみるケリー
前の項目では、別のケリーが一般化するかもしれないと話をしてきたが、通常のハンドバッグタイプのケリーは、ファッション界における“もっとも普遍的なデザインの一つ”だと思っている。
サイズや色の人気は時代によって移り変わってきたが、ブラックカラーの定番サイズ(ケリー28など)のアイテムは、数年後、数十年後も価値を保っている可能性が高い。
バーキンというもっとも資産性が高いとされるバッグと比較される立場にあるため、多少その人気や知名度こそ見劣りする印象ではあるが、実際にはほぼ遜色がないほど高い価値を備えている。
少なくともブランドバッグというジャンルにおいて、バーキンと並びもっとも資産価値が高いアイテムであることに疑う余地はない。
ただ現実問題、市場価格は高騰しすぎているし、二次流通で手に入れることは、状態などの経年リスクを踏まえると、必ずしも価値が下がらないとは言い切れない。
正規店で購入できるなら、初めから約束された投資かもしれない。
10年後、20年後と、このまま世界経済が続伸していくことを思えば、人気が下がらない限り、ケリーの価値も今より高くなっていると安易に予想できる。
(文=小林 嶺)
この記事を監修した人
代表取締役
小林嶺