【シリーズ連載】第一回「バーキン」日本経済が停滞していた20年間で市場価格はどれくらい高くなった?
高級ブランド品の中には、長い間デザインを変えずに売れ続けているものがある。それゆえに“資産価値がある”とまで評価されるものも少なからず存在する。
ここ数年は物価高騰も激しく、昔と比べ驚くほど高額となったブランド品が多い。
しかし、必ずしも定価が上がれば、資産価値も上がるとは言えない。
なぜなら多くのブランド品は、古くなれば価値が下がる。トレンドの移行により、淘汰されるものの方が多いからだ。
もし「資産価値があるブランド品」を定義するならば、市場価格が上がっても、流行に左右されることなく売れ続けていることが必須となる。
FirstClass-ファーストクラス-では、『日本経済が失われた20年間でブランド品はいくら高くなったのか?』というテーマで、価値が上昇しているブランド品をピックアップし、価値の推移などを解説する連載企画をスタートさせた。
記念すべき第一回は、ブランドバッグの頂点とされる「Birkin(バーキン)」についてだ。
是非、ブランド品に造詣が深い方にこそチェックしていただきたい。
「HEMRES(エルメス)」の代表的なモデル「バーキン」は、人気が高いブランドバッグというだけでなく、優れた資産価値を持つ一面がある。
ここ数年、SNSの普及により、その人気や知名度はさらに増したのではないだろうか。
個人的にも、富裕層が持つバーキンにクローズアップしたニュースや、テレビ番組の特集などを目にすることが増えたと感じていた。
そう思ってネット上のニュースを遡ってみたが、バーキンの“資産価値”をクローズアップしている記事には、意外にもやや古いものが多かった。
これらはいずれも2016年〜2019年に作成された記事である。その後から現在に至る相場の高騰を目の当たりにすると、凄まじく先見の明があり感服する。
是非、時間の許す方はチェックしてみてほしい。
ともかくバーキンは定価で購入できれば、それ以上の金額で売れる状況が、長い間続いているプレミア商品である。
前置きが長くなったが、今回「バーキンがこの20年でどれくらい値上がりしているのか?」ということをテーマに、エルメスが販売する定価の推移、市場価格、値上がりの要因を分析していく。
ここで公開している情報やデータには、FirstClass-ファーストクラス-が独自に調査したものが含まれている。情報の真偽については厳しくチェックしているが、古いデータには明確なソースが残っていないものも多く、細かい端数の数字の正確性に関してはご容赦いただきたい。
ブランド品が高くなったと感じる日本人
現在における、バーキンの状況と価格について解説するにあたり、まず前提に置かなければならないのが、そもそもほぼ全てのブランド品が昔より高くなっているということだ。
ブランド品はいつの時代も「贅沢品」に位置付けられる存在だ。エルメスに限らず、「LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)」も「CHANEL(シャネル)」も言ってしまえば全て贅沢品であり、手軽に買うことができないからこそ価値が認められている一面がある。
物価の上昇に伴い、頻繁に価格改定が実施され、「バーキン」をはじめ全てのブランド品が、この20年で大きく値上げされた。
国内の飲食大手企業が数年に一回、謝罪のメッセージを添えて値上げする状況とは大きく異なり、より頻繁かつカジュアルに値上げされる。それがブランド品だ。
為替の関係で、国内で買うよりも海外で買った方が安いという事例も確かにあるが、20年前と比較すると、どこで買っても高くなっていることは確かである。
もちろん材料費や人件費の高騰といった部分も関わってはいるだろうが、経済成長により人々が裕福なろうが、「高級なバッグ」としての価値を保つために、定価を上げ続けているのがブランド品の実態である。
その反面、ご存知の通り我が国では“日本経済の失われた20年”と評されるほど経済成長が滞っているのが実情であり、その後10年間でも状況は好転していないと論じる傾向にある。
事実、2000年から2022年現在にかけても、平均給与はほとんど変わっていない。(厚生労働省データより)
しかし、その間も世界経済は成長を続け、ブランド品は常に値上げを繰り返してきた。過去には値下げした例もなくはないが、極めて少なく、人気製品が値下げされることはまずない。
世界中の人にとって、ブランド品が高くなっていることも数字上では事実だが、我々日本人にとっては。体感的にものすごく高くなったと感じられるはずだ。
高級ブランドバッグの象徴である
話を「バーキン」に戻そう。
唐突だが他のバッグにはないバーキンの特徴を一つ挙げると、バーキンは1984年の発売当初から、ほぼ形を変えずに生産されている。これだけ長く、形を変えずに生産され続けているバッグは、ブランド業界全体で見ても稀有である。
流行り廃りが激しいファッション業界において、形を変えずに売れ続けられることがどれほど難しいことか、知り合いのファッション業界の方でも聞いてみると良い。
そもそもそんなものは目指しておらず、少しでも新しいトレンドを作り出すことや、トレンドを抑えた商品開発することを成功とするメーカーやブランドの方が多いだろう。
エルメスのバーキンは「流行」という括りには収まらず、高級なバッグの象徴として長年愛され続けている。
だからこそ、形は変えずに定価を上げても、過去も現在も変わらず売れている。
バーキンの定価推移
※様々なソースを元に調査したデータだが明確なものがほとんど残っておらず細かい部分の正確性についてはご容赦いただきたい。
20年前の定価は「およそ80万円」なのに対して、2024年現在の定価は「税抜き173万円(※トゴ素材)」、20年間でおよそ2.1倍となっている。
特に2024年2月の価格改定はインパクトのある上昇率となった。
10年間でみても、およそ40%上昇していて、日本人の所得が増えていない20年間で、バーキンはかなり高くなったことがわかる。
ただし上でも触れたように、定価が上がっているのはバーキンだけではない。
上昇率に関しては、他の人気高級ブランド「LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)」「CHANEL(シャネル)」のアイコン製品と比較すると、決して異常に高騰しているわけではないこともわかる。
むしろ元々高かったバーキンよりも、昔は手軽に買えた感じる商品の方が、より高くなっていると感じるかもしれない。
・CHANEL マトラッセチェーンショルダー25(1990年ごろ発売)の例
【1990年の定価】10万円前後
【2024年の定価】1,591,700円
LOUIS VUITTON ネヴァーフルMM(2007年発売)の例
【2007年の定価】74,000円
【2024年の定価】260,700円
この20年間で、バーキンの定価はかなり上昇したが、それ以外のブランド品もどれも高くなっている。
バーキンより高いバッグはない
私が言いたいのは、バーキンは値上げしているにも関わらず、売れ続けているからすごい、そして資産価値があるというだけではない。
もっとも価値を感じるのは、長い期間にわたり、バーキンを超える金額で販売され、売れたバッグがないという点である。
価格帯としては、「CHANEL(シャネル)のチェーンショルダーバッグ」や「DELVAUX(デルヴォー)のブリヨン」など、定価100万円以上の超高額なハイブランドバッグがないわけではない。それでも、バーキン以上の金額設定はされていない。
そしてここ20年間、いやバーキンが初めて発売された1984年以降、バーキンより高い金額で売られバーキン以上にヒットした商品はひとつもない。
それこそがバーキンが最高のブランドバッグであり、資産価値があると評される根幹的な要因であると考えている。
バーキンの市場価格推移
資産価値は「リセールバリュー」とも置き換えられる。
あくまで売る売らないは別として、自分の所持する品のリセールバリューが高いことで困るという場面はないだろう。
リセールバリューの考え方は、あくまで需要と供給を元にした市場価格から紐解く必要がある。
どんなに高級で一点物のバッグであっても、自分以外で他に誰も欲しい人がいなければ値段はつかない。しかし一点しかないバッグに欲しい人が多ければ、持ち主は一番高値で買う人に売りたいはずだ。そしてその金額が相場となる。
安定した需要があれば、市場価値は落ちづらく、それは資産価値と置き換えても差し支えないと考えている。
実は「中古ブランドバッグ(一度でも人の手に渡ったものは中古と表現する)」の多くは、資産価値があると呼ぶに値しないものがほとんどである。
しかし、バーキンは長年にわたり、定価以上でもいいから買いたいという人が世界中に溢れている。それがバーキンの資産価値が高い理由だ。
実際に二次流通の市場において、バーキンを定価で購入するのはまず不可能。定価で買えるとすると、傷や汚れがある品や、製造が古い品などなんらかの訳アリのバーキンである。
以下は、ここ10年ほどのバーキンの販売市場価格の推移をグラフにしたものだ。市場価格は定価が上昇する以上に高騰していることがわかる。
※国内市場での「バーキン30(定番色・新品状態)」の平均的な販売価格を元に作成している
上の表はあくまで「新品・未使用品」の条件を元にしたデータだが、中古で使用感のあるバーキンにおいても、金額は下がるが同じようなグラフになるかと思う。
少なくとも新品の市場価格は、今や300万円を超えていて、定価の倍の金額で取引されている。
特に直近の2020年以降は、定価がほとんど上昇していないにも関わらず、市場価格は大幅に伸びている。
高級ブランド界のロールモデルになりつつあるエルメスのブランディング戦略
何故、市場価格がこんなにも上昇しているのか、簡単にいうと入手がしづらい点、人気が上がり需要が増えている点に尽きる。
ただ、そこに至る理由や歴史についても考察したい。
バーキンがここまでの地位まで上り詰めた理由には、ブランディング戦略の成功が一因を担っていると考えている。
語弊があるかもしれないが、現在成功している高級ブランドの戦略は、どれも“エルメスのバーキンのブランディング戦略を真似したもの”だと感じるほどだ。
その主軸は「簡単に手に入らないプレミア感」と「妥協ないクラフトマンシップ」の二つである。特に前者を多くのブランドが真似ている。
バーキンはいくらお金持ちであっても簡単には買えず、エルメスに顧客として認められて初めて購入の案内がされる。バーキンありますか?と聞いて、すぐに買える代物ではないのは広く知られるところだろう。
この傾向は年々強くなっているとされ、古くからエルメスで買い物をしている、弊社のお客様からも“昔より購入しづらくなっている”といった声も届いている。
顧客に対する、バーキンの「購入個数制限」が設けられたのも近年になってのことだ。
昔から国内では簡単には入手できないと言われてはいたものの、ある程度の顧客として認められればパーソナルオーダー(※)が通せたり、ハワイやフランスなどの海外では、国内よりも購入しやすいともされていた。
※パーソナルオーダーでは自分の好みの色や素材を用いたバーキンをオーダーできる
しかし近年は、明らかにバーキンを購入自体がより狭き門となっており、入手しやすい国があるという情報もほとんど耳にしない。
エルメスは依然として我が国を、重要なマーケットの一つとして認識しているものの、経済成長著しい中国を筆頭としたアジア諸国においても、バーキンの需要はここ数年で大幅に増えており、世界中にいる“桁違いのVIP”を優遇する傾向は今後さらに強まっていってもおかしくはない。
結果として市場においてはプレミア感が増し、バーキンの人気上昇、および相場の底上げの要因を担っている。
バーキンの生産数は増えている!?
そもそもこれだけ買えないのは、生産数が減っているからなのでは?と考えたくもなる。
しかし非公開ながら、エルメス社の推定売上高は増加しており、2019年パンデミック前の60億ドルから、2021年の推定売上高は130億ドルと倍増している。
確かにバーキンは購入しづらくなっているが、この数字を見ると、生産数自体はむしろ増えている可能性すらある。
限られたVIPにのみ販売するブランディング戦略は、近年多くのハイブランドで見られ、それによってブランド価値が上がり、成功を収めているブランドも多い。
最たるところは「ROLEX(ロレックス)」で、もはやほとんどのモデルがショーケースには陳列しておらず、案内されて初めて購入する権利を得られる。近年相場高騰で話題になっている「Patek Phillippe(パテックフィリップ)」や「AUDEMARS PIGUET(オーデマピゲ)」の定番モデルなどは、完全にVIP顧客のみオーダー制で販売されている。
「CHANEL(シャネル)」なども一部高額モデルは、限られたVIPのみに案内する方式に移行しつつあり、誰にでも売る従来の販売方法は変わりつつある。それらは古くからエルメスがバーキンを販売する手法に近しい。
エルメスで購入しづらいとされるモデルは、バーキン以外にも「ケリー」「コンスタンス」など年々増えているため、この傾向も強まっていくだろう。
意図的に販売先を絞ることでブランディングとしては成功しており、そもそも生産数を減らす要因は見当たらない。
エルメスによる革素材の支配
バーキンの価格だけでなく、品質をみても最高級のバッグであり、その生産方法にも秘密がある。といっても私は職人の技術についての知見は乏しいため、ご紹介するのは革の仕入れ方法についてである。
エルメス社では世界各国、複数のタンナー(皮革メーカーのこと)から仕入れをしている。簡単にいうと、革の生産自体は「外注」というわけである。
エルメスの革の取引先として知られているのは、ドイツの「Weinheimer(ワインハンマー社)」、同じくドイツの「LUDWIG PERLINGER GmbH(ペリンガー社)」、フランスの「TANNERIES DU PUY(タナリー・ドュプイ社)」で、エルメスは最高品質の革素材のみ仕入れをおこなう専用の契約を結んでいるとされる。
実際には独占契約であったり、傘下として買収済みのタンナーも多い。
これが何を意味するかというと、他ブランドはエルメスと同じ高品質な革素材を仕入れることが極めて難しいということである。
もちろんエルメス以上の金額であれば、仕入れをおこなうことは可能かもしれない。ただ先ほども説明した通り、バーキンより高額なバッグは存在しない。要は他ブランドは、バーキンより高く売れるバッグを作らない限り、同品質で同じように利益が出る商品を生産することはできない。
エルメスは長年ブランディングによる販売戦略と、生産ラインや素材の確保を同時に固めていくことで、レザー製品のトップという地位を名実ともに作り上げている。
パンデミックによる流通の停滞と内需の拡大
長期で見ると、大きく高騰している点を示してきたが、直近の三年間で大幅に高騰しているのも興味深いかと思う。
この短期的な相場高騰の要因としては、2020年に発生したコロナウイルスのパンデミックが影響も大きい。
2022年現在では世界的に収束傾向に見られるものの、パンデミックの最中においては、フランスパリの工房は長期にわたりストップし、生産数が減少、ひいては市場への流通数は激減した。
それにより市場の流通価格は大幅に高騰し、新品中古問わず、パンデミック以前から平均して30%前後高くなっている。
パンデミックによる多くの産業が大きなダメージを受けたが、外出機会が減ったことで内需が増えた点は、中古相場にはプラスに働き、インターネット通販サイトなどの売れ行きは好調となったことも、バーキン相場には好影響をもたらした。
今後の予測と展望
個人的な予想として、長期的に見たとき、バーキンの市場価格は今後も伸び続けると考えている。
なぜなら、物価高による価格改定は今後も続いていくことが予想でき、それに伴ってプレミア価値の高いバーキンの市場価格が底上げされていくはずだ。ちなみにバーキンは発売以来、一度も定価を下げたことはない。
先ほども考察したように1984年の発売以降、積み上げられたバーキンのステータス性がなくなることも考え難い。
残るは他ブランド、もしくはエルメス自体がバーキンを超えるヒット商品を生み出せるかどうかが鍵ではあるが、テクノロジーが大きな差別化にならないファッションアイテムにおいて、価格帯が高くなればなるほど、新しくヒットする商品は生み出しづらいと私は思う。
仮に、革新的で高級なバッグが発売されても、バーキン以上のステータス性が世間一般に認められる可能性は限りなく低いだろう。
バーキンは市場価格が定価の倍以上となっているモデルも多く、生産数の増減によって、市場価格が下がることは考えられる。ただし、短期的には市場価格が落ちても、バーキン自体の人気が下がらない限りは、基本的には右肩上がりで上昇していくはずだ。
それ以外の懸念点としては、バーキンの高級路線としてラインナップされている「クロコ」「オースト」などのエキゾチックレザーモデルを、今後もエルメスが続けていくかは不明確であることだ。
ブランド業界全体における「サステナビリティシフト」の傾向は年々強まっており、エコレザーを主体する製品展開や、すでにエキゾチックレザーは使用しないといった声明を発表しているブランドも増えている。
エルメスから具体的なコメントはまだないが、風当たりが強い立ち位置にいることは間違いない。
依然としてエルメスはエキゾチックレザーモデルも主力製品の一つとしているため、今後の経営方針が市場相場にも影響を与えそうだ。
資産としてのバーキン
バーキンを資産として見たとき、果たして投資価値があるのか。というテーマでこの記事を締めたい。
結論を先に述べると、シンプルにお金を増やすための投資としては向いていない。
なぜならバーキンは古くなればなるほど、市場価格が下がっていくからだ。エルメスの製品は、全てシリアルナンバーが刻印されており、シリアルナンバーから製造年を判別することができる。
その年にしか生産されなかった限定品は別としても、市場においては、基本的に新しいモデルほど高く評価され、未使用品でも製造が古いというだけで需要は下がる傾向にある。
仮に使わずに置いていても、資産価値は目減りしていく。
もしここ数年のように、毎年10%以上相場が高騰していくのであれば話は別だが、投資価値で判断するには、古くなっていくことによるリスクは見逃せない。
また、バーキンは未使用か中古かで大きく市場価格が異なる。一度でも使ったバーキンと、未使用のバーキンというだけでも、市場価格は30万円くらい変わる。
そうした点を考慮すると、投資目的であればバーキンのような革製品よりも、腕時計などの機械もののほうが、いくらかリスクは低いように思う。
この先もバーキンの価値が高まると予想はしたものの、投資先として優れた成果を生み出せるかどうかは疑問である。
現在市場価格が300万円以上するバーキンが、10年後に果たして二倍以上になっているのかどうかはわからない。人気という観点だけでなく、経済事情なども関わってくるだろう。
ただし、好きで持ちたいという方にとっては、資産という面でもおすすめしやすい。大事に使用していれば、これほど値落ちしづらいバッグは存在しないのだから。
今のところは比較対象すら存在しないバーキンは、ブランドバッグの頂点であることは間違いない。
人気は止まるところを知らず、市場価格も20年前より大幅に上がっている。それゆえに資産価値があるとまで評される。
バーキンの価値は、すでに多くの予想を超えて膨らみ続けており、この先の未来の予想など到底できないところまできているのではないだろうか。
(文=小林 嶺)
この記事を監修した人
代表取締役
小林嶺